2014年度 卒業設計公開講評会 講評記録


2014年度卒業設計合同講評会:東工大×藝大×東大

開催概要

三大学卒業設計合同講評会は、国内の三大学から選抜された作品を集めて行う、卒業設計の公開講評会である。学生一人一人が自分とは異なる考えや表現に触れ、これからの建築について考え議論するきっかけとなることを目指して、2006年度より「東工大×藝大×東大3大学卒業設計合同公開講評会」を開催。2010年度には、これまでの三大学に加えて韓国のソウル大学・中国の北京精華大学を、2011年度には韓国のソウル大学・中国の中央美術学院を、2013年度にはシンガポール大学・台湾淡江大学、2014年度にはタイ・チュラロンコーン大学を招待し、国内にとどまらず広く世界的な視点で建築を考える試みを続けてきた。
今年度は合同講評会の原点に帰り、三大学間の交流を図ること、国内の建築教育や卒業設計のあり方について深く議論をすることを目的として、国内三大学のみで開催された。審査員には各大学から2名ずつ、塚本由晴先生・山崎鯛介先生(東工大)、乾久美子先生・林太郎先生(藝大)、佐藤淳先生・千葉学先生(東大)を、また今年度で定年退職する大野秀敏先生(東大)をオブザーバーとして迎えた。各大学から3名、計9名がプレゼンテーターとして選抜され、公開審査によってグランプリと審査員による各大学賞を決定した。
今年度も東大安田講堂が改修工事中であったため、例年より規模の小さい東京大学工学部1号館建築学科製図室を会場とし、発表者と審査員、来場者間の活発な議論の促進を図った。



作品発表と質疑・講評

第1グループ

1.橋本 吉史(藝大)『[共同]主観設計法』
林:
ワークショップなどで第三者を呼んで作るということだが、デザインはセルフビルドの過程で決めるのか。橋本君のデザインなのか、結果の一例として起こり得るものなのか。
佐藤:型枠の寸法を平均的・記号的に取っているところが気になる。波として捉えて分散を見るなど、工夫が欲しかった。
千葉:最初のサンプリングの方法を決めた経緯、要素の選び方がよく分からなかった。

2.岩田 翔太(東工大)『風景の継承』
乾:計画としても、サイロに釣り合うくらいの何かがあったほうが面白かったのではないか。インダストリアルな風景の面白さは色々なものが混合になっているところ。サイロだけがすごいとなっているのが不思議。デザインとして何を目指しているのか分かりにくい。
佐藤:サイロに惹かれるというのは機能美があるからだと思う。産業以外の目的で新しく建てる場合、このような壁厚は必要ない。逆にそれだけの荷重に耐えられる構造なのであれば、さらに何かを加えることでサイロならではの何かができたのではないか。
千葉:産業遺構の一番の魅力は、生産の場として都市部でモノを生み出していること。この案は、作りたいもののイメージが先にあり、サイロ空間のみをクローズアップしているのが少し残念。何を残すべきか、調査が足りない気がする。ショッピングセンターではなく、現代の生産の場にできたら良かったのでは。

3.平山 貴大(東大)『Tokyo Junction』
乾:模型はよくできている。内部は動線の交差で抉られているが、外形はどのように決められたのか。
山崎:大きい客船を停めるとなると、大規模の土木工事が必要だが、水深は足りているのか。
塚本:こういう巨大建築にはメンテナンスの問題もあるのではないか。プログラムはお客さんがいないと成立しない。横浜大さん橋の土木的広場は、お客さんがいなくても成立するものなので批判されなかった。プログラムを色々入れるとそれを維持するのに税収をつぎ込む必要があり、この案は国立競技場と同じ問題に直面していると思う。この時代にできること、やりたいことを考えたとき、これは今の時代に合っていると言えるか。


第2グループ

4.窪田早希(藝大)『Anotherground 浮世伽藍』
山崎:祭りは屋根の上でやるのか。現在の町のパワーももったいないし、それが閉鎖的なのももったいない。それを合わせて持っていくというのは、弘明寺が持っているハック力を活かしていて好感が持てる。
塚本:伽藍と言うと複数の機能の建物が回廊で繋がれているというイメージがあるが、ここでは伽藍をどう再解釈したのか。上に伽藍ができたとき、下の商店街への影響はどうか。ヨナ・フリードマンと寺院建築の、相反すると考えられていたものが結合したようである。
佐藤:人口地盤がこれだけの範囲を覆う必要があるかは分からないが、この薄っぺらさは、どのような構造なのか。個人的に人工地盤は好きではないが、ここは必要なエリアだと感じる。作る場合は極めて軽快であるべきで、そのためにお金を投入しても良いと思う。全ての場所で透けている必要があるかは疑問だが、軽快な人口地盤の提案としては将来性がある。
千葉:商店街に様々な施設がかなりの規模で増築されているが、これだけの施設を付加しなければならない理由があるのか。地形と寺院の位置は関連と意味合いがあると思うが、人工地盤にしてしまうことで寺の意味が薄まらないか。

5.園佳美(東工大)『水懐の庭』
乾:
よく作られていて楽しそう。新しく作った堀は行き止まりだが、水質はどう担保するのか。リニアに建物を作り、それをパブリックスペースとすると管理が難しいが、ここでは新しいパブリックスペースとしてのプログラムをどう考えるか。住人と観光のためのパブリックスペースはどうやって両立させたのか。一つ一つの連続性をどう物語化するかがリニアな設計の重要なところだと思う。
佐藤:これだけ川を通しているのに、植物や土のイメージがパースなどから全く感じられない。人工的な雰囲気なのか、もっと生態系を想定しているのか。
千葉:今まで定着してきた町の文化とは違って、水路をある意味で擬似的に自分なりの解釈で再現していて、下手するとテーマパーク化している。もともとあった水路を使うことと、新しく水路を作るのでは随分と意味が違うが、ここではどう考えたのか。

6.内田遥(東大)『Ginza Gateway』
乾:約40cmピッチで並んでいるリブのことを暖簾と呼んでいるのか。暖簾が、階段になったりファサードになったりしているのか。百貨店対雑居ビルと位置づけてしまうと、そこまでしなくていいのではないかという議論が卒制ではよく起こる。対比だけで終わらず、次のステップまで行けなかったのが残念。
塚本:今の森ビルのプロジェクトのカウンターとして捉えると分かりやすい。百貨店と雑居ビルを一般化して話しているところが不自然。暖簾は松坂屋のものに統一するべきではないか。暖簾は受け継がれていくことが大切だから、色々なものが出てきたら価値が無くなる。コンセプトのインフレーションには気をつけるべき。
林:形の上で楽しそうな試みがされているが、混在させることのメリット、百貨店の将来性は何か。

第3グループ

7.石黒 昌平(藝大)『ゆりかごからお皿まで―1.8食べられる公園―』
千葉:敷地の設定と、食をテーマにした場を作るという設定は良い。すべての施設がデモンストレーションの場になっていて、設備も含めて全部やるとすると中途半端な規模ではないか。屠殺場自体が都市の中で嫌われるデリケートなもの。展示場ではなく、もう少し問題を絞ってちゃんと見せたほうが良かったのではないか。
佐藤:牧草が自然に育つサイクルは考えられているのか。この場所で僅かな家畜を育てるのには、かなりの費用がかかる。費用で言えば高級な肉だが、空気は良くないし質は悪いはず。ここを屠殺場ではなく牧場、細長い緑地として捉えることで何か違う使い方ができるのではないか。
塚本:フードトレーサビリティに興味があるのは良いが、なぜそれが建築のトレーサビリティに変換されなかったのか。屠殺過程をカリカチュアにしてしまっているところに真剣さが感じられない。

8.河合杏奈(東工大)『道 屋根の連なりが築く常滑の町』
佐藤:この提案ではプランが特に重要になる。生活と作業の関係を分析した結果、二つがリニアに並べられたということだが、実際は互いにうまく混ざっていた方が良いという分析結果がもっと上手くプランに反映された方が良かったのではないか。温度や空気の流れについては、まだシミュレーションもしていない状態だが可能性を感じる。もっと滑らかに繋がる空間でもよかったのではないか。
千葉:基本的な志としては、地域の産業を振興しようという提案。今ある窯業の課題分析はよくできているが、なぜとりあえず施設を作ったのか。町に既にある施設に少し手を加えることで、観光客の受け皿になったり、学校になったりできなかったのか。施設を作って全部解決するという発想が古く感じる。街全体で解決しようという風にはならなかったのか。
乾:山を囲んでいるのは気が利いているが、焼き物は土を取る場所が重要。薪を取るにしてもリアリティがない。今うまく行っていないネットワークに無理矢理くっつけるように施設を作るというよりは、新たなネットワークを構築することが大事なのでは。作家を集めただけ、というのが問題を矮小化している。
塚本:常滑は土管の生産に力を入れていた故に、コンクリート製のものができたときに産業が衰退し、今は土管が余っているらしい。土管を活用した設計もできたのではないか。また、陶芸の力で窯業を再生したいと言いながら屋根はガルバリウムでできている。瓦も焼いたりすれば良いのでは。
山崎:屋根のぶつかり方が強いが、その必要性は何か。

9.パンティラージューラヤーノン(東大)『Providing the Flow to Slum』
塚本:空き地の地盤改良は、アクセスを考えると大きな道沿いからしか工事ができないので、空き地より川上や川下から始まった方が自然ではないか。雇用を作り出し、仕事や学びの場としての作業も考えているのか。学びの場があることはスラムにおいて大事なテーマ。学ぶことで職を得て、自分の将来が見えてくると他人にも優しくなるし、自分の住んでいるところについても考えるようになる。そこまで具体的に考えていて良い。運河が通る前に子供達が遊んでいるパースの想像力が素晴らしい。
乾:日本では、同じようにクリアランスの対象になる風景として木造の路地がある。そこには独自の社会的システムがあって、ゴミだらけにはならない。タイのスラムではこういうことをしないと社会的に上手くいかないのか。スラムの何を評価して残し、何を改善しようとしているのか。都市の安い居住空間としてだけでなく、空間的に評価したところはないのか。
林:車道は考えていないのか。日本の木密では消防が厳しいのでまずクリアランスで車道を通してしまう。建築資材の運搬にトラックは使わないのか。



審議と優秀作品の選考
一次投票
全作品のプレゼンテーション講評後、審査員による一次投票(一人5票)により、グランプリ候補となる作品を選抜。

結果: 【8票】パンティラ― 【6票】窪田、園 【4票】河合 【2票】橋本、平山、内田

一次投票での選考基準について

塚本:具体的・実践的なデザインという観点から作品を選んだ。橋本案は70年代に流行った記号論・言語論的展開。空間の実践として生まれたゴールデン街を記号的に見ているという矛盾がある。岩田案は、既存のコンクリートサイロがどういったパフォーマンスをするかという提案が欠けている。産業の遺物をショッピングセンターでしか変えられないのは想像力が乏しい。内田案は、百貨店と雑居ビルがそもそもの実践の仕方や社会的背景が異なることを無視して、言語論・記号論的に展開している。建築の構成や空間の違いだけを組み合わせている。投票作品は、それぞれ何ができるかを、部分的ではあるが実践的に考えている。
【投票作品】窪田、河合、園、平山、パンティラー

山崎:近くから見るときと遠くから見るときの、両方でイメージできるものが気に入った。また、作られるプロセスの時間的なものを感じられる作品を選んだ。岩田案は、遠景はいいが近づくとピンとこない。橋本案も閉じてしまっているところから興味がなくなった。
【投票作品】窪田、河合、園、パンティラ―(2票)

千葉:町のリノベが多いことは好ましい。みんなのイメージしている空間が全て商業施設ということに驚いた。どんなことでも集めて一気に相乗的に盛り上げるという考え方を、いつまでも続けて良いのだろうかとも思う。岩田案は最終的には商業施設で、ある意味で時代を象徴しているが、既存の町で何を継承するべきかを考え直さないといけない。窪田案は、町のリノベーションと既存の商店街の関係を考えるという観点は良いが、手法があまりにもマッチョ。内田案は、変化しゆく銀座の街に対してそれなりに答えを出していこうという姿勢は良かったが、デパートが今後どうやって生き長らえていくのか・これからデパートは必要なのかということについて、いまいち答えられていなかった。パンティラー案は、町の社会的な問題について、建築的観点から戦略的に答えようとしているという点で良かった。
【投票作品】橋本、河合、園、パンティラ―、内田

佐藤:構造の立場から技術的な作品、力学・生態・構法などのコントロールの片鱗を感じられる作品を選んだ。窪田案は人工地盤をどのように極めて軽快に作るかという提案の可能性を感じた。園案・パンティラ―案・内田案は技術的な提案だけでなく、構築物が存在するためのストーリーがしっかりしていた。園案は生態系がコントロールできるかもしれない。パンティラー案は構法的な発展の余地がある。内田案は、プログラム的には強引だが、どれくらい空気や光など環境的なコントロールができるかを考えるきっかけになる。
【投票作品】窪田(2票)、園、パンティラ―、内田

乾:都市・地域の再生に関わる作品を選んだ。パンティラー案に2票に入れたのは、ごく当たり前にマクロな視点で、どうしたいのかがきちんと盛り込まれているという点で、他の作品よりも秀でているため。都市の問題をマクロからミクロまでナチュラルに繋げている点が良かった。その他の作品は、問題の見つけ方としてマクロな視点が少し弱いと感じる。
【投票作品】窪田、河合、園、パンティラ―(2票)

林:得票している作品には町に対する眼差しという共通点があるが、こういうアプローチだけで評価すると先がないので、別の観点で橋本案・平山案を選んだ。平山案は、この時代において金がかかるメガストラクチャを作るという意味では現実味がないかもしれないが、世界的に見ればどんどん建てられていて、それに対するスタディをしている人がいても良いと思った。巨大性を抜きにすれば、異なるスピードの乗り物をいかに取り込んでいくかという話は、身近にも応用できるものなので評価した。橋本案は、本当は自分がやりたいデザインを突き詰めているだけなのに第三者ぶって見ているところなど、矛盾と混乱が見られるが、彼なりの造形については、他の案に比べれば深いスタディの痕跡が見られると思った。
【投票作品】橋本、窪田、園、平山、パンティラ―


グランプリを決定するための議論
1次投票の結果を踏まえ、それぞれの案について、また、三大学の卒業設計のあり方についてさらに議論を重ねた。


塚本:卒業設計について、どうしてこういうことを教えているのに学生に伝わらないのかなど、教員の不満を挙げてみるのはどうだろうか。
乾:全般的に最近の学生に対する不満として、断面が鮮やかな作品が多いが、平面を見てみると意外と何もない。逆に平面が鮮やかな作品を見ると、断面が面白くない。つまり空間として考えられていない作品が多い。
佐藤:今日出ている作品以外で、学内には構造を頑張った作品もあったが、総合評価ということでここまでは出てきていない。9作品を見て、構造の提案がないことは問題であると感じる。それほど詳しくなくても良いので、少しでも計算してみたら良いのにと思う。ちょっとした計算でも、作品の質が上がるのになぜやらないのか。苦手意識を持たずに作品の価値を高めて欲しい。 千葉:商業施設を脱却するモデルをそろそろ見出して欲しい。建築には長い年月をかけて培ったビルディングタイプや土地の歴史があり、それをどう見るか、どう受け止め評価するかという教育が足りていないかもしれない。歴史と意匠で別れているものを融合したジャンルが必要かもしれない。
山崎:歴史にもグランドストーリーともう少し身近なものがある。様式のようなグランドストーリーはすぐには役に立たないが、例えば敷地に関することはすぐに使える。今回の作品はどれも敷地の成立ちは考えていて、今は非常に真面目な時代になったと思う。粘り強く向き合って、ストーリーにしていくことができるか、ただのヒントで終わってしまうかが分かれ目だと思う。
塚本:学生が手術みたいに「操作」という言葉をよく使うことが不満。外科医のようで、実践感覚に遠く、現実に人がいるという想像力が足りない。例えば、橋本案は魅力的だが、そこに人がいる様子が全く想像できず、孤独な作業に見える。


大野(オブザーバー):都市との関わり方はもっと多様でないといけないのに、窪田案の道の上を一様に覆って人工地盤を作るというのは、1930年代くらいから変わってない。 審査員にスクールカラーについて聞いてみたい。橋本案は遺留品研究所の流れを汲んでいる感じがしたし、岩田案のサイロは秩父セメント第2工場を連想させた。スクールカラーをいかに取り入れているかは意外と大事なこと。先生や先輩の遺伝子をもらって活かすのが優秀な学生ではないか。

塚本:大学によって教えていることや、指導方針、卒業設計の時期や時間も違う。合同で講評会をやるときに、卒業設計とは何かを同じ土俵で議論するのはなかなか難しい。 建築というのは、自分だけ・今ここにあるものだけで考えるべきではないし、今までの人々によって作られてきた知性の塊。大学のOBには大先輩がいて、その先輩達はいつでも召還されるという設計の形はとても面白いと思う。
千葉:東工大は基本的に形態論だと思っている。そこに塚本さんが加わって人の話が入ってきたのではないか。
塚本:歴代の先生方は極めてオーセンティックに教えていた。東工大では、モノを相手に人間が格闘しながら獲得してきたことを紐解いていき、誰もが使えるようにするという工学的な考え方が根深い。東工大はヴァナキュラーなものに対する感覚を強く持っていて、篠原先生・清家先生ら、みなさんがそれを大切にしてきた。形態論だけではなく、私もそれを引き継いでいるつもり。
乾:そもそも何故その形が要るのかを考えているのが東工大で、芸大でも吉村先生がそういったことを指摘していたが、芸大は父殺しみたいな人も多く入ってくるところなので、その伝統が途切れているような気がする。作家になりたいというエネルギーの強い人たちがふわふわ入ってくるが、それは否定的なことばかりではない。橋本案は、危険な可能性も孕んでいるが、20年後には何かに気づいて伸びているかもしれない。必ずしも今評価されるわけではない可能性を大切にするスクールカラーだと思う。
千葉:東大では、基本的には芦原先生のアーバンデザインが大きな柱としてある。それから香山先生の形態論と原さんとかのヴァナキュラーの流れの3つがパラレルにあるのが良いところ。あとは社会性を求めるところ。過去を拾い上げ、形に執着し、どういう風に展開するかが大切。最近の講評会では、そもそもその建築が必要かという話が出てくるようになって、都市についても考えるようになった。

大野:今日の講評を見ていて、ツーリズムの欲望が基本的な都市形成の原理だと感じた。建築はいつも社会に従順なもので、私たちの時代では公共建築、次に商店建築、そして今は都市再生が盛んになった。でもこういったツーリズムをやったところで大した収入にはならないし、ツーリズムを観光の目玉にしてもすぐに破綻する。夕張のリゾートやシーガイアの巨大プールは、人が来なくて破綻した。都市と言いながら観光のことばかり言っている。河合案のように、陶芸の街で道端に作品を飾っている作家のところに行っても、みんなせいぜい千円しか使わないし、本当に高い茶碗を作る人は、他人に見せながら作らない。発想が客寄せしかない。園案も人は水路に行くだけでそこには住まないので、結局観光。なぜパンティラ―案が共感を得るかというと、そこに住むことを考えているから。今までのクリアランスでは、またそこに同じスラムを作ることになってしまうが、彼女はその問題について本気で考えた。今ここにいる人はそういうことを考えて日本の建築界をリードしていって欲しい。次の社会がどんなものかということを、常に心の隅で構想しながら進めていかないと、建築家が要らない社会になってしまう。


最終投票 (各1票)
結果: 【4票】パンティラー 【1票】窪田、園 となり、パンティラ―案がグランプリに決定した。
投票理由
林:園案
パンティラ―案は確かに社会的に踏み込んでいるが、建物自体がスタディを重ねたものなのかは疑問なので、園案に。。
乾:パンティラー案素直に良いと思った。
佐藤:窪田案技術的な可能性を感じた。
千葉:パンティラー案 建築の提案としても素晴らしいと思う。長期的に継続できる仕組みも考えている。材料調達も含めて、これからはそれくらい広い視野で考えないといけないと思う。
山崎:パンティラー案 みんな敢えて言わなかったのかもしれないが、ドミノシステムのようなものと捉えた。結果的にそれに近くなっていることの無理のなさが優れている。
塚本:パンティラー案 スクールカラーの話も踏まえても、良いと思った。どの大学にもスクールカラーはあるが、「よく考えている」「ビジョンがしっかりしている」ということは学校を超える。建築を作っていく過程の空間があり、そこにおける振舞いも考えられている。バランスよく色々な配慮が上手く考えられている。


グランプリ パンティラー ジューラヤーノン(東大)『Providing the Flow to Slum』
芸大賞  窪田 早希(芸大)『Anotherground 浮世伽藍』
東大賞  園 佳美(東工大)『水懐の庭』
東工大賞 橋本 吉史(芸大)『[共同]主観設計法』

【大野先生終わりの挨拶】

建築というのはやはり素晴らしい仕事。ただし、伝統的な建築がいつまでも続くとは限らないので、建築の仕事がこれからどう変わっていくのかを注視していて欲しい。

文責:川島